三河を二分した内乱の時、父が徳川家に弓を引いたため、逆臣の遺児として農村に逼塞していた沢瀬甚五郎は、祖父より剣や騎馬術、鉄砲術などを叩き込まれていた。傑出したその才覚は家康家臣の知るところとなり、嫡男、徳川三郎信康の小姓衆に取り立てられた…
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